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平野啓一郎の学歴・経歴や子供は?結婚相手の妻(嫁)や家族・父も

ハーイ!Sunnyです☆

作家・平野啓一郎さんの著書「マチネの終わりに」が映画化されることになりました。

発売当時、芸人・又吉直樹さんが絶賛していて、おすすめ本としてずいぶん強く紹介されていたのが印象的です。

ビジネスマン

まだ読んだことがなくても、映画でストーリーを体感できるのは、いいなと思います。
主演は福山雅治さんで、お相手は石田ゆり子さん。

オトナな恋愛ストーリーにぴったりのイメージのおふたりなので、とても楽しみです。

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平野敬一郎さんのプロフィール


本名
平野啓一郎
ひらの けいいちろう

生年月日
1975年6月22日

生まれ:北九州市八幡西区

育ち:愛知県蒲郡市

血液型AB型

身長:?

とても個人的ですが、雰囲気が小説家さんなの?っていう、想像していたより、イケメンで若い方だなという印象でした。

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出身高校・大学

私立明治学園中学校卒業
福岡県立東筑高等学校卒業
京都大学法学部卒業

経歴

小さい頃から小説がお好きだったようです。

高校時代には、フランス文学や象徴派の詩人が好きで、ボードレールやランボー、大江健三郎さんの作品を読んでいたそうです。

そして高校生のときに、初めての80ページの作品も仕上げています

大学では、日本の政治学者で京都大学名誉教授の、小野紀明(おの のりあき)ゼミに所属していました。

大学生活は、バーでのアルバイト軽音サークル、小説の執筆に時間を費やしていたそうです。

充実した毎日だったことが伺えます。

平野さんが働いていたバーが気になります。

京都の出町柳にある、「Tipitina’s Bar」でいた。

当時は、建物の1階が「蘭豆」という定食屋さんで、2階にこのバーがあったとのことです。

現在は、オーナーさんは今もバーのときと同じ方ですが、どちらも「James’ Kitchen」というハンバーグ屋さんになっているとか。

〒606-8225 京都市左京区田中門前町46 京美華ビル 1F
TEL:075-721-3265
営業時間 11:30~23:30(23:00 L.O.)
定休日:なし

アクセス:京阪電車「出町柳駅」より徒歩8分

ぜひ行きたいですね!

大学在学中の1999年文芸誌「新潮」に投稿した「日蝕」で、第120回芥川賞を受賞しました。

この作品は、新人としては異例の、一挙掲載がされたそうです。

舞台は15世紀のフランスで、明治期の作家を思わせる文で描かれた作品。

ビジネスマン

大学在学中に出した作品で、芥川賞ってなんかすごいなぁ。
ところで芥川賞の最年少受賞者は、2003年に序章された、綿矢りささんが19歳11カ月でした。

平野さんが高校時代に好きだったという、大江健三郎さんは、1958年23歳5ヵ月のときに、芥川賞を受賞されています。

小説家さんの世界を垣間見れた気がします。

学生時代から執筆に打ち込んでいる姿が想像できますが、なんかカッコいいですね。

その後もたくさんの作品を執筆し続けています。

2004年には、文化庁の「文化交流使」として1年間パリに滞在しています。

そして著名な審査員や選考委員としても、活躍しておられますし、2009年から2016年の間、日本経済新聞の「アートレビュー」欄を担当していたほど、美術や音楽にも詳しいそうです。

2014年には「非日常からの呼び声?平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」展を国立西洋美術館で開きました。

フランス芸術文化勲章シュヴァリエも受章。

芸術文化勲章とは
「芸術・文学の領域での創造、またこれらのフランスや世界での普及に傑出した功績のあった人物」に授与される。

等級がシュヴァリエ(騎士)、オフィシエ(将校)、コマンドゥール(騎士団長)の3段階あり、平野さんが受章されたのは、”シュバリエ(騎士)”でした。

オフィシエやコマンドゥールを受章するには、以前の等級を授与されてから授与されてから少なくとも5年を経て、新たに章に値する功績を残した方に与えられるのだそうです。

現在、毎年の定員はシュヴァリエが450名、オフィシエが140名、コマンドゥールが50名と決まっています。

さて話題になっている、「マチネの終わりに」は、平野さんの信念のもと書き上がった作品だそうです。
『透明な迷宮』以来、「ページをめくる手が止まらない」小説ではなく、
「ページをめくりたいけどめくりたくない、ずっとその世界に浸りきっていたい」小説というのを考えてきました。

何かとくたびれる世の中ですが、小説を読むことでしか得られない精神的なよろこびを、改めて、追求したいと思っています。


透明な迷宮

最新作は、2018年「文學界」6月号に掲載されている、「ある男」です。

愛にとって過去とは何なのか』『アイデンティティと記憶』『自分とは別の誰かの人生を生きることができたら、どう生きるか』がテーマ
平野さんが、そんな風に感じられたことがあるんだろうな~と思いました。

別の誰かの人生を生きることができたら、って考えるひとと、考えたことがないひとといると思います。

じぶんの過去や人生はひとつなのですが、そんな発想や思いがテーマということで、平野さんの作品がとても魅力的です。

主な作品

『葬送』
『滴り落ちる時計たちの波紋』
『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)
『ドーン』(ドゥマゴ文学賞受賞)
『かたちだけの愛』
『空白を満たしなさい』
『透明な迷宮』
エッセイ・対談集に『私とは何か 「個人」から「分人」へ』
『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』

奥さん・出会い

2008年3月にご結婚された、お相手のモデル・春香さんとは、2006年のルイ・ヴィトンのパーティーで出会ったそうです。

春香 本名:非公開
生年月日:1975年6月24日
愛知県出身

1995年大学在学中にスカウトを受け、デビュー。

大学は、愛知県長久手にある、愛知県立大学で、専攻は児童教育で幼稚園教諭一種、小学校教諭一種免許状を取得している。

デビュー後、すぐにサントリー「のほほん茶」、カネボウ化粧品「赤い美白」のCMに出演している。

雑誌CLASSY.、Domani、GRACEのカバーモデルを飾っていた。

2007年大手通販会社ディノスとのコラボブランド、「Cara by HARUKA」や、自身のウェディングドレスブランド BIANCAROSA BY HARUKA(ビアンカローザ)を発表

平野さんはいつもは、パーティーに出向かないそうですが、フラット行ったそこで、知人の紹介もあり、彼女と話してみると、共通点が多くて、話が弾んだそうです。

共通点が、同い年で生まれた場所がすごく近いとか、どっちもAB型だとか、誕生日が2日違いだとか。

これは、運命を感じますね。

平野さんのデビュー作を買っていた、当時の奥さまの第一印象は、”本のイメージとかけ離れている”方、でした。

とっつきにくい印象が、とても親近感が湧いてきて、春香さんが雑誌で連載していた『デジカメ日誌』に、平野さんに登場してもらったのだそうですよ。

春香さんは、その雑誌のためのやり取りで、メールを交わすうちに、彼の気さくな印象が良かったのと、コンサートに映画に読書、とインドア派の趣味がふたりとも似ていたこと、雑誌モデルをされているため、出版業界にも共通の知人もいたようで、いろいろとマッチしたのですね。

春香さんの決定打は、平野さんが家族を大切にするひとで、まめに帰省したりすることに理解のある人で、いっしょにいても、リラックスできるからだったそうです。

子ども

2011年11月29日に第一子・長女を出産されています。

第二子・長男は、2013年8月うまれ。

家族

おとうさまが、平野さんが1歳のころに亡くなられています

お父様は、36歳だった休日に昼寝をしていて、そのまま心臓がとまってしまったそうです。

お父さまとお母様は大学時代に知り合って、夫婦共働きで、父は実家が営む機織会社に勤めていたそうです。

家事分担は当然で、お父さんも平野さんをお風呂に入れたり、おむつを替えたりと育児に励んでいたようです。

このお父様の影響も強く、お父さまの享年36歳頃には、生き抜くということと死ぬということに正面から向き合った作品を書きたいと、強く思っておられ、『空白を満たしなさい』がそれだそうです。

おわりに

平野さんの経験や執筆に打ちこんで来られた様子を知ると、作品にもずっと興味が湧いてきました。

映画化がうれしいです★

最後まで読んでいただき
ありがとうございます(o^―^o)

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